晴れときどきニート主婦のブログ

日々思ったことをツラツラと。

家にいたいと思っていた子どもだった私が思うに

今日2本目の記事。

 

学校嫌いの私からすると、本来、学校も保育園も子どもが行きたい場所だとは思えない。

 

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おおむね、コメントしている人たちの意見と同意。

保育士の発言が不適切だといった保護者の子供が何歳かはわからないけど、保育士が「発達障害だからって...」と言ったからといって、言われた本人が理解できる内容とは思えない。

保育士の発言は不適切だったというのもあるかもしれないが、子どもを集団で預かっていると時には不適切な発言はしてしまうことは誰でもある。

 

私も学童で「あんなこと言わなきゃよかったな」と反省することがよくあるし、小学生の頃は先生がクラスのやんちゃな子どもを叱る時に「バカタレ」と言うこともあった。

先生の発言が悪いのではなく、考えなしにやった同級生が悪いよな…。

保育園の時点で「発達障害」と言われているということはもしかしたらすごく手がかかる子なのかもしれない。

発達障害」というのをレッテルのようにしていいわけではない。

あくまで診断はその子がこれから生きていくためにどうすればいいのかというのを考える目安なだけであって、大人が子どもにレッテルを貼るためのものではないと思う。

 

学校の先生の言動に対するニュースは後が絶えないけれど、子どもの荷物の中にボイスレコーダーを忍ばせるのはやりすぎじゃないかと思う。

公立小学校で担任していた頃、私が新人教員だというので信用できないから子どもの荷物の中にボイスレコーダーを忍ばせてやると言われたことがあった。

実際にやっている親はいるんじゃないかと思う。

学校だと先生が子どもの荷物を触る機会がよくあるので見つかる可能性もある。

「子どもを学校に人質に取られている」という話はたまに聞くので、ボイスレコーダーも親が案じているんだろうなとは思うけれど、ボイスレコーダーを忍ばせてやると言われた時は「信頼されていないんだな」と全然いい気持ちがしなかった。

こういうことがあったのは5年以上前だけれど、未だにやや冷ややかな目で保護者を見ている自分がいることに気がつく。

そういう親ばかりではないのはわかっているし、教員をやっている頃も助けてくれた保護者がいたことは事実だけれども。

 

元から変な先生もいるかもしれないけれど、保護者が寄ってたかって学校の先生を変にしていることもあるんじゃないかとも思うんですけどね。

 

 

ところで、学童の子どもたちで学童に来るのが楽しみと言える子ども達が私は眩しい。

「どうして学童にくるのが楽しいの?」と聞くと、友達に会えるからだという。

確かに小学生くらいの時は私も友だちと遊ぶのは楽しかったし、なんとか友だちの輪の中に入ろうともがいていたこともあったけれど、私は基本的に家にいるのが好きな子どもだったし、留守番も好きな子どもだったと思う。

友だちと遊んでいると大体その中に仕切り屋がいて、仕切り屋のやりたい遊びに付き合わされる。おままごとだと家族ではなくペット扱い。

もう何回かやっているとお母さんとか、子どもに入れてもらえないだろうと思って、最初から「私はペットがいい」と名乗りでることもあった。

先日も学童でそういうことがあった。

本当はその子はマイペースな子じゃないかと思うんだけれど、友だちの輪の中にも入れて欲しくて無理やり入ろうとするんだけど、大抵ケンカになるという。

 

大人になると一人で行動することも多くなるので、そういうグループに入れなくても別に…と思うんだけど(私にママ友というのがいないのもあるんだろうけれど)。

 

そういうケンカの仲裁は厄介だったりするし、仕切り屋のペースに合わせたくないなら、一人で遊んだら?というのがこちらとしての本音である。

仕切り屋の子どもは「私は友だちの意見を聞いている」と思っているんだし。

 

今から考えたら、私もこういう仕切り屋の人のペースに合わせるのが苦手だったんじゃないかとも思う。

 

人の性格って何歳くらいから現れるのかはよくわからないけれど、自分が外に出たがらない性格なせいか、外に行かずに家にいたいという子どもがいても不思議ではない。

外に出たら、大抵誰かと遊ばなきゃいけないことが多い。

親は子どもと距離をおきたいこともあるだろうし、子どもを誰かに預けるなとは言わないけれども、家にいたがる子どもがいたとするなら、その子はもしかしたら家の中で静かに過ごす方が好きなのかもしれない。